バカにつけるクスリ

ほんとにないのか、探し続ける日記。

一流企業は見た目が9割 子会社は見た目が10割

今の大学生の就活がどんなものなのかは知らない。ただひどい氷河期でもないことはわかる。

だが、しかし。学生はどんなリサーチをして企業に応募しているのだろうか。はっきり言う。人は見た目だ。一流企業と言われる特定の会社であれば学歴は必須だが、同じ大学の同級生がわんさか応募してくるのである。そしてふるいにかけられ、生き残るのは「見た目」である。

 

かく言う、私は一流企業の子会社で働いていて、親会社の自社ビルに入っているものだから、仕事は親会社の社員とチームになってプロジェクトを進めていくこともある。

私はもちろん新卒ではなく、中途採用だ。今の会社は新卒では絶対入れない。多分、入ってくる新卒の多くがKO大である。

 

さて。一流企業は見た目が9割と書いたのは、本社の人間と働くとつくづく実感するからである。キックオフの挨拶の時、「あれ?スターダストプロモーションの人がいるよ??」「ここはオーディション会場じゃないんだけどな」とツッコミを入れたいほど可愛い子が営業のアシスタントとしてつく。「今年、新卒で入ってきました◯◯です」とプロと初々しさのはざまで挨拶されると「どこかで見たことあるなー、雑誌に載ってませんでした?」ととぼけたくなる。

 

さてさて。そんな会社だから、当たり前に競争倍率が激しく、弾かれた人間がうち(子会社)にやってくる。うん、子会社顔である。

もちろん一流大卒である。本社に最終の方まで行ったような子たちばかりなのだから。しかし、人事じゃなくてもわかる。そこに入れなかった理由が。プロじゃないんだよ、見た目が。初々しさだけなんだよ。

 

そして、全員が全員そうじゃないのだろうが、本社を落ちたから子会社に行く、というのである。ましてやうちに配属されようものなら、一貫の終わりである。教える人はいないし、「私の想像していた社会人ライフはこんなんじゃない!」と腐って行くしかないのである。私は入社以来、そんな新卒をたくさん見てきた。

 

せっかくいい大学を出て、夢と希望を持って就職活動に励んでいたのに、会社でボーっとするしかないという勿体ない感じ。

 

どうか、腐らないでください。というか本当に仕事したいのなら転職しろ、と言いたい。

 

 

 

 

 

 

恋してる人を見て「すげーな」と思ったこと

恋とか愛とか、考えると頭痛くなる経験が多かったので、「この苦しさは体に良くない」と、恋愛についてプライオリティを下げてきた私です。

 

この前、友人の飲みイベントに行ってきました。

 

キッチン含め貸切できるバルで、ドリンクもフードも主催者のオリジナル。

友人がオリジナルカクテルを振る舞うとFacebookにアップしていたので、

「そうだ、酒飲みに行こう」とJR東海の広告みたいなノリで行ってみた。

 

知ってる人たちもいたので、「よー、よー、久しぶり」という感じでお酒とおつまみを頼んで飲んでいたのだが。

同席していた男の子が、どうもソワソワしている。

前から気になっている女の子を呼んだらしい。「誰が来るの?」「俺が狙ってる女の子で、オーストラリア人なんです」と。

彼は、いかにも遊んでるふう、というか仕事も服装もオシャレな感じなのだが、全くの草食系で、グイグイ行くのかと思いきや全く喋らない。日本語1:英語9くらいの割合だったからかもしれない。

 

久々みた、こんな人。

 

最近出会う男性の多くがイケイケというか、はたから見てモテないと思っていても勘違いしてガンガンいくヤツがいたので、絶滅危惧種を見つけたかのような感覚だった。

 

ピュアなのか、タイプが狭いのか。

 

こういう時の男の人の気持ちってどうなんだろう??

女の人が好きな男性と話ができない、緊張する、というのは自分をよく見せたいのにうまくいかない、彼にどう写っているのかわからない、といった「人目を気にする」ところから発生するものだと思うのだが男性もそうなのだろうか。

男性は狩猟民族だから、欲しいものについて自ら動くという生物学的な発想とはかけ離れた態度に、もしかしてこれが彼のアピールか?「男は黙ってサッポロビール」か?

と、confusedしたわけです。

 

そして、この歳(アラフォー)になると一方的に人を好きになることがなくなったことに気づくわけです。だって、相手が何考えているんだかわからない時点から気持ちを振り向かせようなんて、戦略として効率悪い。もっと自分を大切に、相手を大切に考えたら、そんな気持ちにはならないはず。

 

ときめいて、稼ぎは悪いがかっこいい職業について。そんな彼を見ると、若いってすごいな、10年先、20年先にはどうなっているのかな。と興味が湧いてくるわけです。

 

予想としては、

1.今の仕事がしっかりビジネスとして成功するような流れに持っていく。

2.金はないがモテ職業なので可愛い女の子とくっついてヒモに近い共働き。

3.金にならないことに気づき、おしゃれを犠牲にして割りの良い仕事に転職。

 

その女の子とは、、個人的にはうまくいかないと思う。若気のいたりのような。今の彼にはかわいそうだけど。

 

まぁ、何年か先、笑い話になると思うな。

 

占星術は信じないことにした

全然書いてなかった、、

 

そういえば書いてなかった期間、色々いいことあったな。

新規のお仕事が入って、クライアントへのプレゼンも好評だったことが一番大きいかな。

あと、何気にいろんな人と出会ったり。

 

悪いことといえば、お金の面でのこと。

来期の予算が確実に減る。前期で使い切って追加予算をクライアントに提示するも、出せない見込み。

最初に決定したことは、なかなか覆らない。然るべきタイミングで100%以上のパフォーマンスを見せないとダメだということがわかりました。

 

さて、タイトルの占星術ですが。

年末年始あたりには確かにこの手のサイトを見たり、雑誌でチラ見したりするんだけど、もう確実にないな、と思った。

 

嫌いな上司と誕生日が近いことが判明して。もちろん同じ星座。

性格全く違うのに。

 

それを知って、もういいや、と思いました。

 

とりあえず動こう。

 

 

ミサイルが落ちてこないね

今のところ。

 

そして、私は全く自身のブログを開いていなかった。

はてな自体見ていなかった。…サインバルタの効果だろうか。

いや、違う。仕事がそこそこ楽しくなってきたのと、読書に熱中していたのと、クラウドソーシングで色々やっていたのと、フジロック'17で頭がいっぱいだったからだ。

 

そして、元彼のことを忘れかけていたからだ。

しかし、このGW中、久々話をした。でも、元彼のことを思い出すと、本当にしんどい。心臓がドクドクいい始めた。急性胃腸炎の時のように。やっぱり縁がなかったんだな。

 

クラウドソーシングは基本タスク仕事しか選んでいない。プロジェクトになると、やりとりの工数が増えるからだ。会社仕事ではないし、お小遣い程度なのでそれでいいか、と。

 タスクは色々あって、自動車、美容、医療、旅行、音楽、エロについても書いている。エロ系は単価が高いし、書いていて面白いだろうと張り切っていたのだが意外と難しい。書く人が多いので、ネタも偏るし、かぶるので頭打ちを喰らう。「〜できる10の方法」といった具合でTipsを絡めたものもあった。ライフハックならぬエロハックといったところか。

エロ以外は、会社仕事でも書いたことがあるので、すぐに取りかかれるが、エロに関しては勉強が必要で、結構頭を抱えてしまった。

 

GWは基本、都内にいて、本を読んだり、資格の勉強(←会社で取らないといけないのよ)をしたり、クラウドソーシングで面白そうなタスクをやってみたり。いつもと変わらずの日々である。

 

そういえば、ミサイルが落ちる、落ちない騒いでいるが、どうなっているのか。会社のコーポレートからは、出張など韓国の渡航はなるべく控えてください、というメールがきた。誰かが「日本の方が危ないでしょ」と言っていた。

だからといって、このGWは海外から来る観光客も多い。中国人もいるし、韓国人もいる。周りの景色は平和そのもの。

「日本人は平和ボケしている、危機感を持たないとダメだ」とよく言われるが(半世紀以上戦争が起きていないもんね)、ミサイルが飛んできたらどこに逃げるのだろう。会社の同僚が逃げる方法を真剣に考えていた。同僚はマンションの5Fに住んでいる。私は「地下の駐車場が防空壕がわりになるんじゃないすか?」といったら「うちの駐車場は機械式だから」と言ってオロオロしていた。私は「隣のマンションの地下でいいじゃないすか。人間一人、不法侵入したって大したこと言われないでしょう」と呆れて言った。

多分、宮内庁霞ヶ関には今でも防空壕があって、すぐに逃げられるようになっているのだろうな。いち早く情報がキャッチできるのだろうな。ボーッとそんなことを考えた。

いち早く情報をキャッチ。少し先の未来を見る方法はすでに存在するのだ。それを使いこなせる人が限られているだけなのだ。情報を先にキャッチした人が生き延びる。運でもなく、能力の差でもない。これは、戦争だけのことじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

母が死んだ

…夢をみた。元小学校教師だった母にはたくさんの教え子が参列した。その中には、なぜか某有名音楽プロデューサーもいて。

私は、ただただお葬式の進行に追われて、泣くどころか「しっかりしないと」と思う気持ちが強かった。実際の母はピンピンしていて、夢の中でも元気だったから突然亡くなってあっけに取られていた。

 

目が覚めて、早速ググる。「母 死ぬ」。ここまで打ち込むとなぜか、というか、やはり「母 死ぬ夢」とヒットした。

そもそも、私はこの夢についてネガティブには捉えていなかった。

 

私も幼なじみの夢の中で死んだことがあるからだ。

 

それは、私が前の会社で上司と一悶着起こした次の日のことだった。本当に、人相が変わるほど大きなストレスと感じてふさぎ込んだ翌朝、

「久しぶり。生きてる?maちゃんが死んだ夢をみて心配になって」というメールを幼なじみからもらった。

もう何年も会っていない、夏休みか年末年始くらいしか連絡をしていない。私はそのメールをみた瞬間、ふさぎ込んでいる自分がスッとどこかに去っていく気がした。

・・・

母とは、やっと深い話ができるようになったと思う。

それまでは、自分の本意を言える関係ではなかった。 

私は今でもそうであるが、自信のなさから無意識に人の顔色を伺いながら会話することがある。母に対してもそうだった。「こういえば、ああいう」ではないけれど、会話を進めて行く中で「次にいやなことを言われるんじゃないか」という気持ちが先にあった。

 

けれど、同じ年の従姉妹が結婚したことをキッカケに、私は正直にいった。

「私は結婚は難しい。とにかく自分に自信がない。いくら頑張っても自分を攻めてしまう。今まで、留学や転職をして表面上はうまくいっていると思う。でも、心の奥底でもうひとりの自分が、『お前はどうしようもないバカだ』と叫んでいる。もう重症なの。だから、今までお付き合いした人ともうまくいかない。いつも私なんかと付き合って本当に楽しいの?と思ってしまう」

と。

母は、「ダメだ、ダメだと思ってはいけない。maは、生まれたときから猪突猛進型だったのよ。過去は振り返らない」

…確かにそうだ。自分の行きたいところには、一人でも行く。

母は、元教師だからかたくさんの子どもを見ていて、思うそうだ。生まれたときに子どもの性格は大体決まるのだ、と。私はとにかく自分の行きたいほうへ突進していたそうだ。よく迷子にもなっていた。

「そんなmaでも、立ち止まっていろいろ考えるんだね」

自分の能力のなさに気づいて、社会に揉まれると、下手くそながらも自分なりに無理して他人と歩幅を合わせようとしてきた。

 

「あんたね、性格は変われるよ。一番いいのは、あんた自身が気づいていることなんだから」

 

そう言い放った。

 

この問題は、高額な費用がかかったり、他人が介入しないと解決できない、というものではない。ただただ自分次第なのだ。

 

 

 

幸せになってほしい。私は消える。

やっぱり彼のことを考えてしまう。友達に戻る、と言ってから1週間が経つ。

しかし、LINEではちょこちょこ連絡をとっていた。でも、それも終わらせないとな。

彼と別れたキッカケは、私にある。

 

私の言った、酷い一言。

 

本当に疲れていた。発熱している中、仕事を続け、さらに急性胃炎。食べられるものも限られ、体重は4kg減った。

 

自分が惨めでしようがなかった。

 

それでも、少しは休みがとれて彼に会えると思う事は生きている糧だった。

 

なのにそれもぶちこわしてしまった。

本当だったら、会っている時間を私は彼と電話で口論し続けた。

 

どうしてこうなってしまったのだろう。

昨日、私なりに真剣に考えた。

 

・ ・ ・

 

彼と出会ったのは、震災前の2010年頃だろうか。たまたま行った多国籍料理の店で知り合った。私は友人4人と食事をしていて、あるカルチャー誌の話題をしていたとき彼が話しかけてきたのだ。

 

「僕、その雑誌で書いているんですよ」

 

それが知り合うキッカケだった。当時は、私が大阪の広告制作会社で働いているときで、彼は東京から地元である大阪に戻ってきていたのだ。

 

それから大阪と東京で何度か連絡を取り合い、都合があえば会うようになっていた。それに彼はフリーランスだからか、深夜に連絡をしてもレスが早い。肉体的にも精神的にも追いつめられ、それでも仕事を続けてこれたのは、彼のおかげだと今でも思う。

 

私も彼も旅行が好きで、今までに行ったところやこれから行きたい場所について盛り上がった。次第に私は彼のことが好きになっていた。それと同時に、私が憧れていた雑誌に彼の名前が載ることに羨ましさを感じた。

 

大阪にいたころ、二人で旅行しようという話になった。友達として。

しかし、友達として終われるわけもなく、やはり一線を超えてしまった。

 

彼は、「彼女がいないほうが仕事が来る」が当時の口癖だった。だから、「つき合って」「彼女にしてほしい」とは言えなかった。言わせてくれない状況だった。

 

私から告白したのは、ニューヨークに滞在していたときだった。

それ以前にグラフィックをメインとした広告制作会社に勤めていた私は、デジタル広告の拡大とそれに伴うマス媒体の縮小の余波を受けていた。そして、年齢を重ねたところで稼働時間は変わらず、体力的にも限界がきていた。そこで思い切って退職し、すぐに転職先を探さず(多分、同じような会社にしか採用されないだろうと思って)、憧れだったニューヨークの美術大学に1年留学したのだ。

 

ニューヨークでもSNSがあれば、つながっていられる。私たちは頻繁に連絡を取り合っていた。そんな中、私に海外に住む男性とお見合い話が浮上し、それについては丁重にお断りしたのだが、彼に話すと「会えばいいじゃない?」とサラッと流された。私はそのとき思わず「あなたのことが好き、私についてどう思っているのか」と聞いた。彼の返事は当然、「今は彼女を作る気にはなれない」だった。私はそこで憤慨し、彼とつながっていたSNSを断ち切った。しかし、メッセージは送ることができる。半年以上が経ち、再び連絡をとるようになった。けれど、私の中では彼はもう好きな人ではなかった。帰国後、東京で就職先を探していたときにつなぎで行っていたバイト先の社員の人とつき合うことになったのだ。彼には、元カノとの辛い経験が私とつき合っている間も残っており、何かとその過去を引き合いに出しては私に優しく接するよう強要してきた。私は結局、受け止められなかった。現在の会社に就職が決まると、彼とは次第に会わなくなった。私は会いたがるほうだったから、そこでまた衝突して結局別れてしまった。その後、他にデートする人もいたけれど、恋が終わるごとになぜかフリーライターの彼に報告していた。彼は「また男の話?」と呆れたように言った。

 

あやふやな関係を続けていたものの、このままでは前に進まないという思いが頭の片隅にはあった。しばらくして久しぶりにメッセージを送ったとき、私はこう切り出した。「あなたには幸せになってほしい。でも彼女ができたら、私は消える。見えないところで幸せになってほしいんだ」つまりは、まだ気持ちがあるということ。彼は「それってつき合おうってこと?真剣に考えるよ」―それから1ヶ月後、私たちは正式につき合うことになった。最初は本当に大切にしてくれた。びっくりするくらいの彼女扱いだ。振られることを覚悟しての告白だったから、嬉しいというよりうろたえた。しかし、そんな蜜月も一瞬だったように思う。

 

彼には、女友達が多かった。

 

別に会ってもいいのだけれど、私と会うより彼女たちが優先だった。

「みんな仕事つながりだよ。仕事で会うんだよ」

私はそれについては何とも言わなかったけれど、会えないことに腹立たしさを感じていた。しばらくして彼が「束縛されている」と言うようになり、私は会うこともガマンするようになった。

 

彼と会わなくなった秋から冬に掛けて仕事で忙殺され、そこから冒頭のような顛末である。

 

結局、私たちはどこにいても同じだった。都内であろうが、地球の裏側にいようが、心の距離が縮まることはなかったのだ。

友達に戻る、という結論に達したが、何も言わずにフェードアウトするのが一番だと今は思う。

 

・ ・ ・

 

ひとりで生きていけるふたりが、それでも一緒にいるのが夫婦だと思う。

 

というティファニーのキャッチコピーが好きなのだが、私たちは「ひとりで生きていけるふたり」でしかなかった。

彼はそれを望んでいたのだと思う。平行線で付き合っていけたら、と。けれど私は次のフェーズに進みたかった。

たとえ夫婦にならなくても、一緒にいるとことを強く実感したかったのだ。

 

素直に、そう思う。長々と書いている過程で、そう思い始めてきたので、これで終わりにしたいと思う。

 

補足:

ティファニーのキャッチコピーには、ブランディングの要素が含まれていると思う。

「ひとりで生きていけるふたり」、つまりは経済的に自立したふたりでしかティファニーは買えませんよ、ということ。

そんなふうに読んでしまう私って、いかがなものか…

友達にもどる

彼と決着をつけた。

結果、

 

友達にもどる

 

ということで落ち着いた。

私は別れたくなかった。けれど、これ以上一緒にいても、進展しない。

ただただ気を遣うだけだ。

 

原因は私のようだけど、本当は最初から気が合わなかったのかもしれない。

 

すぐにキレてしまう。嫉妬してしまう。

人格障害だと言われた。確かにそうかもしれない。

キレると人格が変わるのだ。

 

実は今の彼だけではなかった。前の彼にもそう言われた。

好きな状態で別れてしまい、ひどく落ち込んだ。

 

自分に自信がなく、それを口にした。正直、かまって欲しいのだろう。

本当はこんな話したくないのに。自分のことになると、「どうせ、」と「私なんか」を口走ってしまう。

 

本当は、もっと楽しくすごしたいのに。クリスマスは私の体調が悪くて(急性胃炎)、本当に食べられるものが限られるから、一緒にいても楽しんでもらえないと思い込んでいた。もっと、サプライズで出迎えたり、何かしら喜んでもらえる方法があったかもしれないのに。そんなときも自分に自信がないから、「空回りするのでは」という懸念しかなかった。

 

そうやってギリギリまで彼に返事をせずにいたら、「予定を入れた」といわれ、爆発した。

 

なぜ、私がこうなってしまったのか。それは辛い過去や挫折が積み重なってきたことが一理ある。学校のこと、恋愛のこと、社会人になってからのこと、仕事のこと…

恋愛は、恋愛というより性的な関係として辛い経験を何度かした。

 

彼はそれが「原因ではない」というけれど、いつも責められると上記のことがフラッシュバックした。

 

結局、人格障害が治るまで友達、という結果になった。

定期的に会ってもいいし、旅行に行ってもいい。でも友達。

障害が治ったら、またつき合おう、と。

 

たとえ彼とつき合えなくても、これから出会う人がいるならば、治したい。

治して向き合いたい。相手を幸せにしたい。

 

ほんとに治るのかな。

 

バカにつけるクスリは、ほんとに効くのかな。